今年もサイアムオールドコースに世界のトッププレイヤーの美女が集まりゴルフの真髄を見せてくれる。
2月21日から24日までの4日間の本格的なトーナメントである。
2006年から始まって今年は第7回目、途中2008年は中止となっている。
なんと言っても昔の女子ゴルフとはその技量が全く違う。
飛距離も280ヤードを軽く飛ばしてくるゴルファーもいれば、男子なみにバックスピンでピンを狙ってくる美女もいる。
私は常々ゴルフという競技はその運動神経を競うスポーツではないと信じている。
もしそうであるならばアスリートのカール・ルイスやスイマーのドン・ショランダー(ちょっと古いかな)などがトッププレイヤーになって不思議はない。
ゴルフは基本的には精神力の競技だと思う。
常に平常心を保ち、いかなる状態に追い込まれても心の動揺を抑え常日頃のショットをいとも簡単に放つことができるか、それが勝負の分かれ道だと確信する。
そういう面に於いて今回のトーナメントは最近にない見ごたえのあるトーナメントであったと言える。
試合の経過を書けば簡単なことになる。
3日目までトップを走っていたタイの17歳の新人アリヤ・ジュタヌガンが11アンダーで最終日を迎える。
追うのは8アンダーで現在の世界NO.1の実力の持ち主ステイシー・ルイスと過去の賞金王で韓国の英雄、朴セリ、スペインの新鋭の飛ばしやリカリ、それに昨年のLPGAの賞金王朴仁妃の7アンダー。
優勝圏内はそこまでだとスタート前から予想された。
その中でも朴セリはもう峠を越えていて激しい優勝争いには耐えられないのではないかともっぱらの前評判である。
またリカリは優勝経験が1度で可能性がないとは言えないが、過去のここでの成績は余り芳しくはない。
とすればやっぱりステイシー・ルイスか朴仁妃がジュタヌガンを捕まえるには絶好の位置に付けていると言える。 実際にその通りになった。
ステイシー・ルイスは爆発しなかったが持ち前の忍耐強いジリジリと上がってくる朴仁妃は前半を終わって12アンダーでジュタヌガンに並んだ。
誰しも優勝は朴仁妃になるのではないかと予感した。
けれどもドラマは12番で起こる。
何とジュタヌガンの放った8番アイアンのショットは155ヤード先のカップに吸い込まれてホールイン・ワンとなりイーグル。
2位に2打差を付けて首位に立つ。
その時の地から湧き上がるような歓声は今でも忘れられない。
タイ人のファンの驚きと歓喜の総意であり、のみならず観客全員の初めてのタイ人女子プレーヤーの優勝者の出現を待つ声援でもあった。
LPGAの歴史において4日間プレーでタイ人の女子プレーヤーが過去に優勝したことはない。
もしこのままジュタヌガンが優勝すれば彼女の名前はタイの女子ゴルフ界において燦然と刻まれ後世に残るに違いない。
私はその時瞬間に優勝争いをしているプレーヤーが最終日にホールイン・ワンをして優勝できなかった例は過去にはあるのかと考えた。
私の40年の記憶にはない。
このままジュタヌガンの優勝の可能性が高いなと直感した。
でも勝利の女神はジュタヌガンに試練を与える。
一組前を回る朴仁妃は最終ホールをなんとかパーにして優勝を諦めた表情でプレーを終える。
ジュタヌガンは過去3日間そのロングヒッターぶりを誇示してこのホールは2オンしている。
ドライバーはフェアウエイ右サイド280ヤードのナイスショット、それが彼女の致命傷となるとは夢にも思わなかったであろう。
第二打はフェアーウエイウッドを使ったが何とトップ、グリーン手前100ヤードのフェアーウエイバンカーに直撃。
顎に突き刺さってアンプレイヤブル。
バンカー内にリプレイスして第4打目に入る。
ここが最も重要なショットだと思ったら、彼女は時を移さずすぐにウエッジでピンを狙ってきた。
結果、グリーン2mオーバー。
多くのプレーヤーがここからウエッジでスピンをかけてピンに寄せようとする。
そうする多くの場合はグリーンをオーバーしてボギーかダブルボギーの運命が待っている。
パットを使っても同様にグリーンオーバーすることはあるし、ショートすれば速いグリーンがカップインを阻む。
何度か彼女はウエッジを持ったが心を入れ替えてパターで第5打目を放つ。
結果、グリーンに達せず手前50cm、カップまで3m。
気持ちを取り直して第6打目、再びパター。
これは無常にもカップと通り越して1.2mの上りのラインが残る。
この時点で彼女の優勝はなくなった。
入れてプレーオフ。
上りの1.2mだからプロにとってはさほど気になるパットではない。
但し、プレッシャーの無い場合にはだ。
彼女にとって優勝を逃してしまったこと、タイ人のファンの期待を裏切ってしまったことなど幾重にもプレッシャーを感じたであろうと想像するのは容易だ。
このパット、このパットは彼女の今後のプレーヤーとしての人生にとって極めて重要なパットになる。
慎重に、慎重に、何人もの優勝経験のないプレーヤーが、或いはそのタイトルの大きさに潰され簡単なパットを外してきたのを数多く見てきたことか。
悔いのないように、まだ優勝の目が消えたわけではない。
まずは目の前のパットを全力を集中して入れることだ、他のことを考えたらいけない。
そう彼女に私は心から語りかけた。
結末は皆さんのご存知の通りだ。
彼女は優勝というタイトルも失ったが自信も失ったのではないだろうか。
重要なところでパットを外し優勝を逃したという心のトラウマは将来彼女が背負ってプレーしなければならない責任とも言える。
たぶんその回復には多くの時間と経験が必要になると思う。
だから慎重に大事な場面ではプレーしなければならない。
悔いを残すからである。
そもそも彼女には18番をプレーする前に、この最終ホールをいかにプレーするかというプランが欠けていたように思う。
17歳の若い経験の無いプレーヤーだからこそ傍に付いているキャディーには大きな責任があると申しておく。(キャディーもまた若く経験がなかったのではないかと推測される)
「ボギーで上がれば優勝」なのである。
プロにとってパー5をボギーで上がれというのは赤子の手を捻るより易しいはずだ。
アマチュアの私にだってこのコースを6で上がる自信はある。
第一打目は自信のあるドラバーで良いとしても第二打目のフェアウエイウッドは疑問である。
何も2オンさせてバーディーを取って3打差でその実力を見せ付けて優勝する必要は全くない。
ボギーで良いのである。
そう頭に入れてプレーしていたら今回のような間違いは起こらなかったであろう。
飛距離の出ないプレーヤーは2打目を5番アイアンでグリーンの手前に落とし3打目でピンに寄せてバーディーを取る。
悪くてパー、間違ってボギーである。
この方法をジュタヌガンも取ればいとも簡単に優勝というタイトルが入ってくるはずであった。
問題は3つあった。
前にも言ったが2打目のフェアーウエイウッド。
第二の問題はフェアウエイバンカーから時間をおかずにプレーしてしまったこと。
ここは良く考えるべきである。
プレッシャーが来る前に打ってしまおうという考え方は分からないことはない。
それが成功することもある。
けどプロのプレイヤーである。
様々な状況を見て、また自分の精神を落ち着かせてからプレーするのがプロの技だと言っても良い。
そういう面では未熟という言葉に尽きる。
第三の問題は最終のパットである。
ダブルボギーにしてしまったことは仕方のないことなのだ、と諦め、気持ちを
入れ替えてからパターすべきであった。
私もまた多くの観客も、このパットを外すのではないかという予感を持ったはずだ。
それほどジュタニガンの精神状態は外から見ても安定しているというものでは
なかった。
この優勝を一番驚いているのは何と優勝者の朴仁妃であろう。
正に棚からボタモチの優勝賞金22,5000ドルを手に入れた。
相手が崩れてくれての優勝で、自分で勝ち取った優勝とは違う。
こういう優勝も勿論ある。それは否定しないがあまり気持ちの良いものではなかろうと思う。
私はジュタヌガンに同情している。
というは私自身同じ経験によって仲間に迷惑をかけ、簡単に優勝できるところを若さの至りで優勝を逃してしまったことがあるからである。
もちろん個人的なコンペであるが、その時のショック、心のトラウマを隠すことはできない。
それが原因で永くパットに悩んだ。
その結果が現在のパッティングスタイルになっているのだが。
でも彼女には良い経験をしたと思って今後も頑張って欲しい。
能力があるからこそ悩むのだ。
それを克服した時に初めて大きなプレイヤーとなる。
辛い経験だが必ず彼女の人生の中で昇華されると信じる。
最後にゴルファーにとって勝気と短気は禁物であることを付け加えたい。
それを実証して見せてくれたのが今回のトーナメントであったと思う。
2013年3月 |